2026年(令和8年)1月1日、改正行政書士法が施行されます。この法改正は、自動車販売業界において長年「商慣習」として黙認、あるいは曖昧に運用されてきた登録諸費用の請求実態に対し、法的メスを入れる極めて重大な転換点となります。
これまで現場レベルでの判断に委ねられがちだった「車庫証明取得」や「登録申請手続き」の代行業務は、今後は経営マターとしての厳格な管理が求められます。本稿では、改正法の核心である第19条の厳格化と、新たに導入された両罰規定が経営に及ぼす影響について、日本行政書士会連合会の指針および法的根拠に基づいて詳細に解説します。
「第19条」の厳格化
「名目の如何を問わず」という文言の追加が意味するもの
今回の改正において、自動車販売店経営者が最も注視すべき点は、行政書士法第19条第1項の改正です。 従来、行政書士でない者が「報酬を得て」官公署に提出する書類を作成することは禁止されていました。しかし、自動車販売の現場においては、この「報酬」の定義を巡って、法的なグレーゾーンが存在していたことは否めません。
具体的には、書類作成そのものの対価(書類作成料)は請求せず、あくまで「登録代行費用」や「納車準備費用」、「事務取扱手数料」といった名目で費用を受け取り、そのサービスの一環としてスタッフが書類を作成するという運用です。これにより、「書類作成に対する直接的な報酬ではない」という主張が、事実上の抜け道として機能していた側面がありました。
しかし、改正法第19条第1項では、以下の通り文言が強化されました。
(業務の制限) 第十九条 行政書士又は行政書士法人でない者は、業として第一条の二に規定する業務を行つてはならない。ただし、他の法律に別段の定めがある場合及び定型的かつ容易な手続として総務省令で定める手続について、他人の依頼を受けいかなる名目によるかを問わず報酬を得てその手続の代理(中略)を行う場合は、この限りでない。
ここで極めて重要なのは、条文に「いかなる名目によるかを問わず」という文言が明記された点です。 これは、立法担当者の意思として「実質的な対価性の判断」を厳格に行うことを宣言したに等しい変更です。つまり、見積書や請求書の項目名が「代行料」であれ「通信費」であれ、あるいは「納車費用」の中に包括(コミコミ)されていたとしても、客観的な実態として「書類作成業務」が含まれており、それに対して顧客が金銭を支払っている構造があれば、それは法が禁じる「報酬」に該当すると判断される可能性が極めて高くなりました。
「業として」の解釈と反復継続性
法が禁じるのは「業として」行う場合ですが、自動車販売店における登録業務は、日常的かつ反復継続して行われるものであり、当然に「業として」の要件を満たします。 したがって、「お客様へのサービスの一環だから」や「書類作成費そのものは無料だから」という従来のロジックは、この改正法の施行をもって法的効力を失ったと認識する必要があります。
法人そのものを処罰する「両罰規定」の導入
経営層にとって、第19条の改正以上に脅威となり得るのは、罰則規定の見直しに伴う「両罰規定」の導入です。
個人責任から組織責任への転換
これまでの行政書士法違反(非行政書士行為)に対する罰則は、実際に違反行為を行った「行為者(個人)」を対象とするのが原則でした。例えば、営業スタッフが無資格で有料にて書類作成を行い摘発された場合、そのスタッフ個人が刑事責任を問われる形が一般的でした。
しかし、今回の改正により、法人の代表者や従業者等が、その法人の業務に関して違反行為を行った場合、行為者を罰するほか、その法人に対しても罰金刑を科す旨の規定(両罰規定)が整備されました。
コンプライアンス・リスクの甚大化
これは経営上のリスク管理において非常に重い意味を持ちます。 「現場の担当者が勝手にやったことで、会社は関知していない」という言い訳は通用しなくなります。従業員の違反行為は、すなわち会社の管理責任、監督責任の不備とみなされ、法人自身が「前科」を持つことになりかねません。
自動車販売店にとって、法人が処罰されることの影響は計り知れません。
- 社会的信用の失墜: コンプライアンス違反企業としての報道リスクは、地域密着型の販売店にとって致命的です。
- 許認可への波及効果: 指定自動車整備事業(民間車検場)の指定要件や、古物商許可、保険代理店契約など、他法令に基づく許認可において「役員や法人に対する刑罰」が欠格事由や取消事由に抵触する可能性があります。特に指定工場の資格剥奪は、事業存続に関わる重大事案です。
- 金融機関の評価: ガバナンス不全による信用格付けへの悪影響も無視できません。
したがって、本改正への対応は、単なる事務フローの変更ではなく、企業の存続に関わるリスクマネジメントの一環として捉える必要があります。
実務における具体的影響と誤解されやすいポイント
今回の改正を踏まえ、現場実務で特に注意すべきポイントを詳述します。
OSS(ワンストップサービス)申請における「入力代行」のリスク
近年普及が進むOSS申請についても、誤った認識が散見されます。「紙の書類を書くわけではないから、行政書士法は関係ないのではないか」という誤解です。
行政書士法では、電磁的記録の作成(申請データの入力・作成)も書類作成と同等に扱われます。OSS申請において、行政書士の電子署名を用いず、販売店スタッフが顧客になりすまして申請データを作成・送信したり、あるいは販売店独自のIDで申請代行を行いながら対価を得たりする行為は、改正法下においても規制の対象となります。 「デジタルだから法の網がかからない」という認識は極めて危険であり、データ入力自体が「書類作成業務」であるとの認識を持つ必要があります。
「相談業務」も独占業務に含まれる点
日本行政書士会連合会の資料等でも強調されていますが、行政書士の独占業務には「書類作成」のみならず、それに付随する「相談」も含まれます(法第1条の2、第19条)。
例えば、お客様が自力で申請しようとしている際に、有償のサポートとして「書き方を詳細に指導する」「書類の添削を行う」といった行為も、報酬を得て行えば法に抵触する可能性があります。販売店が許容されるのは、あくまで「申請書の用紙を渡す」「提出先を教える」といった事務的な案内に留まると解釈すべきであり、専門的な判断を伴う相談対応は行政書士へ誘導する必要があります。
見積書・注文書の「諸費用」表記の厳密化
従来の「登録届出代行費用」といった包括的な費目設定は、リスクの温床となります。 改正法に対応するためには、顧客に提示する見積書において、以下の費用を明確に峻別(しゅんべつ)する必要があります。
- A. 行政書士報酬(預り法定費用等の扱い): 提携行政書士に支払う書類作成および申請代理の対価。これは販売店の売上ではなく、行政書士への支払実費として処理されるべき性質のものです。
- B. 登録事務取扱手数料(販売店収益): 車両の陸運支局への持ち込み(回送)、完成した車検証やナンバープレートの受領・運搬、行政書士への書類受け渡し等の「事実行為」に対する対価。ここには書類作成の対価を含んではなりません。
この「A」と「B」が混然一体となったまま「代行料」として請求している現状があれば、直ちに是正が必要です。
販売店経営における構造的課題と対策
なぜ、これまでこうしたグレーゾーンが生じていたのでしょうか。背景には「ワンストップサービスの利便性」と「コスト競争」があります。お客様にとっては、車を買う場所で全ての手続きが終わるのが便利であり、販売店としてもその手間賃を安く抑える(あるいは車両値引きの原資にする)ことで競争力を維持してきました。
しかし、2026年以降、この「安易なワンストップ提供」は法的リスクと背中合わせとなります。 経営者が講ずべき具体的アクションは以下の通りです。
業務委託体制の再構築(行政書士との適正な連携)
これまでの「名義借り」に近い不適切な依頼関係や、社内スタッフによる違法な作成代行を一掃し、正規の業務委託契約に基づく行政書士へのアウトソーシングを徹底してください。 コスト増を懸念されるかもしれませんが、コンプライアンス遵守のコストは「保険」です。特に、OSS申請においては、行政書士の職職者用電子証明書を用いた正規ルートでの申請体制を確立することが不可欠です。
帳票類(注文書・約款)の全面改定
注文書や見積書のフォーマットを見直し、「諸費用」の内訳を透明化してください。「登録代行費用」という曖昧な名称を廃し、「行政書士報酬」と「販売店手数料」を明確に区分記載することで、対価の透明性を確保し、法的な説明責任を果たせる状態にします。 また、お客様への説明においても、「法律の改正により、書類作成費用は専門家への実費として計上されています」と堂々と説明できる体制を作ることが、結果として店舗の信頼性向上につながります。
社内教育と意識改革
現場スタッフに対し、改正法の趣旨とリスクを周知徹底する研修が必要です。「お客様のために書いてあげる」という従来の親切心が、会社全体を危機に陥れる可能性があることを理解させなければなりません。 特にベテラン営業スタッフほど、過去の成功体験から「これくらい大丈夫」と判断しがちです。トップダウンで「コンプライアンス遵守が最優先事項である」というメッセージを発信し続ける必要があります。
新時代の自動車販売店のあるべき姿
2026年の行政書士法改正は、単なる規制強化として悲観的に捉えるべきではありません。むしろ、自動車販売業界における「専門業務」と「サービス業務」の境界線を再定義し、より健全な市場環境を作るための好機と捉えるべきです。
「いかなる名目によるかを問わず」という強い文言、そして「両罰規定」の導入は、行政庁および立法府の「業界の悪しき慣習を断ち切る」という強い意志の表れです。法の不知や軽視は、経営そのものを揺るがす事態に直結します。
自動車販売店は、車両の販売とメンテナンスのプロフェッショナルであり、行政手続きのプロフェッショナルではありません。餅は餅屋、専門業務は専門家へ。この原則に立ち返り、透明性が高く、社会的に信頼される業務体制への変革をしていく必要があります。